137/366日・・・5月16日は何の日?
旅の日
松尾芭蕉が「おくのほそ道」の旅に出発した日にちなみ、日本旅のペンクラブが1988年に提唱した記念日です。元禄2年3月27日を現在の暦に読み替えた5月16日が選ばれました。名所を訪ねるだけでなく、土地の暮らしや文化、人との出会いを通して、旅の心を見つめ直す趣旨があります。旅の記録を読んだり、自分の旅を振り返ったりして、その意味を考える日です。
※詳しくは「旅の日」をご覧ください。
平和に共存する国際デー
国連総会が2017年に定めた、互いの違いを認めながら平和に暮らすことを考える日です。寛容や理解、連帯を広め、排除や対立を乗り越えるための対話を呼び掛けています。国と国の関係だけでなく、言葉や文化、信仰などが異なる人々が暮らす地域にも関わるテーマです。相手の話に耳を傾け、一人ひとりの尊厳を大切にする行動を、身近な場面から考える機会になります。
国際光デー
光が科学や文化、教育、暮らしの中で果たす役割を伝えるため、ユネスコが設けた国際デーです。1960年5月16日、セオドア・メイマンが初めてレーザーの発振に成功したことにちなみ、2018年から実施されています。光の研究は、通信や医療、エネルギーなど多くの分野につながっています。照明や映像といった身近なものを入口に、光の不思議と技術の発展を知る日です。
性交禁忌の日
江戸時代の書物「艶話枕筥」に、旧暦5月16日は性交を慎む日とする記述があることから紹介される日です。日取りと人の行動を結び付けた、昔の言い伝えの一例といえます。現在の5月16日と旧暦の日付は同じではなく、医学的な決まりや、守らなければ害が生じるという根拠を示すものでもありません。当時の暮らしや習俗を知るための話題として受け止めるものです。
オリーゼの日
佐賀県唐津市のオリーゼ本舗が、植物性発酵食品「オリーゼ」を広めるために制定した日です。商品化に取り組んだ創業者、大場八治の誕生日にちなみます。発酵食品の製造には、麹菌や酵母、乳酸菌などの微生物の働きが利用されます。商品名に込められた歴史を振り返るとともに、身近な食品を支える発酵の技術や、作り手が重ねてきた工夫に目を向ける記念日です。
抗疲労の日
休養時に着るリカバリーウェアを手掛けるベネクスが制定した日です。同社が2009年5月16日を製品開発の記念日としていることと、「こ(5)うひ(1)ろ(6)う」という語呂合わせにちなみます。忙しい生活の中で見過ごされがちな、休むことの大切さを伝える趣旨があります。頑張る時間だけでなく、落ち着いて過ごす時間にも目を向け、自分の暮らし方を振り返る機会となります。
HAE DAY
遺伝性血管性浮腫を意味する「HAE」への理解を広めるための、国際的な啓発の日です。毎年5月16日を中心に、患者や家族、支援する人たちがさまざまな活動を行います。HAEは、体のさまざまな場所に腫れを繰り返すことがある、まれな病気です。病名を知る人を増やし、患者が孤立せず、診断や治療につながりやすい社会を目指して、世界の仲間とつながる機会です。
工事写真の日
工事の記録写真を撮影・整理する多摩フォートが、業務を始めた1997年5月16日にちなみ制定した日です。2017年に記念日として登録されました。工事写真は完成した建物の姿だけでなく、壁などに隠れて見えなくなる部分や、作業の途中の状態を残す役割があります。いつ、どこで、どのように工事が進められたかを伝える記録の大切さと、それを支える仕事を知る日です。
5月16日が誕生日の有名人
- 愛川ゆず季
- ジャネット・ジャクソン
- 酒井彩名
- 遠山景織子
- 関谷亜矢子
- 山崎銀之丞
- 阿知波悟美
- 大倉忠義
- 吉田海偉
- 下柳剛
- 今井麻美
- 大下容子
旅の日
<旅の日>由来
松尾芭蕉が「奥の細道」に旅立った5月16日を記念して「日本旅のペンクラブ」が1988年に制定しました。
松尾芭蕉
松尾芭蕉は、江戸時代に約5か月かけて東北・北陸地方を旅しました。その旅の距離はおおよそ2,400キロメートルにも及びます。そして、旅の体験や感想をもとに俳句と紀行文を組み合わせた「奥の細道」という文学作品を執筆しました。
年表
寛永21(1644年) – 松尾芭蕉は、三重県伊賀市で伊賀上野の松尾与左衛門の次男として誕生した。
寛文2(1662年) – この頃、士大将藤堂新七郎家に仕え、嫡男の良忠(俳号は蝉吟、北村季吟門下)と俳諧を楽しむ。
寛文4(1664年) – 重頼編『佐夜中山集』に宗房号で入集し、俳壇に登場する。
寛文6(1666年) – 主人の良忠が亡くなる。
寛文12(1672年) – 江戸に移住する。
延宝5(1677年) – この頃、俳諧宗匠として独立する。
延宝8(1680年) – 日本橋から深川に移住する。
貞享元(1684年) – 8月末、『野ざらし紀行』の旅に出る(~翌年4月下旬)。東海・近畿地方を9か月かけて巡る。
貞享4(1687年) – 8月、『鹿島紀行』の旅に出る。10月下旬、『笈の小文』の旅に出る(~翌年4月)。東海・近畿地方を7か月かけて巡る。
貞享5(1688年) – 4月、『笈の小文』の旅を終え、中山道を経て江戸に帰る(~8月、『更科紀行』の旅)。
元禄2(1689年) – 3月末、『奥の細道』の旅に出る。東北・北陸地方を5か月かけて巡り、8月下旬、大垣で『奥の細道』の旅を終える。旅後、約2年間は上方(京・大坂)で過ごし、のちに「俳諧の古今集」と称される『猿蓑』を完成させる。
元禄6(1693年) – 『奥の細道』の執筆を開始する。
元禄7(1694年) – 4月、『奥の細道』を完成させる。『奥の細道』完成後、江戸から西日本を巡る旅に出る。途中、大坂で病床につき、10月12日に亡くなる。

